こんばんわー。
コモリ様がみて(削除)
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屋台で食い物を手渡されて、金を払わずに遁走する。
これを、なんと呼ぶべきであろう。
食い逃げか。万引きか。引ったくりとは云わんなあ。
何にしろ、窃盗には違いないのだが、食ってから逃げたのではないから食い逃げというのもなんだかおかしいし、万引きというのは店頭に陳列された品を黙って失敬する行為を指して云うものだから、これも当て嵌まらないのではないか。
これは決して、前々から疑問に思っていたわけではない。まさに今現在、俺の手を引いて全力疾走している小柄な娘、略して小娘が、斯様な要らぬ問題を提起してくれたのである。
元気が有り余ったような顔立ちに、肩まで伸びた栗色の髪。それを押さえたカチューシャも、背中の羽根リュックとともに、小動物のような愛くるしさを強めている。だぶだぶのダッフルコートから覗いた脛は、まだ幼さを十分に残していた。
最も問題視すべきは、かの小娘が両の腕に抱えし茶色の紙袋、及び口腔内に、それぞれをぱんぱんに膨らませるほどに詰め込まれたる食い物、いうなれば鱸目鱸亜目鯛科真鯛亜科真鯛属マダイ、学名Pagrus majorに似せて焼いた小麦粉に餡を挟んだ菓子、すなはち鯛焼きに対する代価、経済価値の象徴すなはちマネー金銭硬貨紙幣現生大枚、有り体に云えばお金が支払われておらんという事実であるのだが、その厳然たる現実から逃避せしめんと、かの小娘は逃走に及んだのであるから堪らない。
鯛焼き焼いて30年、屋台を引いて27年の頑固一徹職人気質いよいよ初老に差し掛かろうかという風体の鯛焼き屋店主は、己のプライドと税抜720円を賭けて、小娘を追跡すべく猛然と疾走する。
平和な午後の商店街を舞台に、大捕り物が幕を開けた。
たまたま居合わせた俺、藍澤祐一を巻き込んで。
ああそうか。食いながら逃げているのだから、やはり食い逃げと呼ぶべきであろうな。
けりの付いた問題に安堵する暇もなく、事態は新たな局面を迎える。
「あうーっ」
ジーンズのミニスカートを翻し、うら若き少女が俺に飛び掛ってきた。
背中まで伸びた髪は狐色、少女の動きをトレースする形で、宙を美しく舞う。
それより何より、スカートから見える白い下着が眩しくて、俺は目を細めた。
「覚悟!」
身を低くすることで少女の飛び蹴りをかわした俺であるが、なんといっても未だ手を引かれて走り続けており、第二撃をもうまく避けられる保証がない。
獣じみた身のこなしで石畳に着地した少女は、そのまま四つん這いで俺たちを追う。
あっという間に追いつかれて、俺は覚悟を決めた。
「鮎、すまん」
「えっ」
そういえば、こいつの名をまともに呼ぶのは初めてかもしれないな。照れ隠しに鮎々とか、変な名で呼んでいたから。
俺は勢い任せに、小娘=鮎を支点にして身をよじった。
「あうーっ」
なんとも気の抜けた声ではあるが、これが少女の気合であるらしい。
繰り出された蹴りが、俺の目測どおりに鮎の腹を深々と抉った。
「うぐぅっ」
絞り出すような声とともに、鮎はその場にくずおれた。
我々、というか、俺を追ってきた少女の名は、猿渡誠。俺の代わりに、盗人に天誅を降してくれた。
天誅とは暴力を以って成すべし、とは、幕末の有名人の言葉であるが、正にこれを体現してくれたわけだ。
「うぐぅ、痛いよぅ」
「ごめんね。ごめんねぇ」
「謝らんでもいいぞ、誠。こやつは悪事を働いたのだから、殴られて然るべきだ」
「え、でも」
「そうだよ。ひどいよ、祐一くん。うぐぅ」
あれからおよそ400回、鮎は「うぐぅ」と鳴き続けた。
面白がって数えていた俺も俺であるが、すべてバリエーション違いの呻き声を数百通りも用意している小娘=鮎は、実は大変に器用な人物であろう。いずれ俺の代わりに、パーフェクトグレードのWガンダムゼロカスタムとか、造ってもらおうかな。
まだまだ非難し足りない様子の鮎を無視し、俺は誠の髪をつかむ。
「あうーっ、痛い」
「で、なんでお前、俺を襲う?」
「憎いもん」
「ふざけんな」
「だって、ほんとに憎いんだもーん! くたばれ祐一ぃ」
そんな脈絡のない理由を紡ぎ出してまで罵倒されては、堪ったもんではない。
俺は髪から手を離さぬまま、誠の可愛らしい顔を、路面の石畳に圧しつけた。
「あうーっ」
ついつい勢いをつけてしまったため、鼻の折れる嫌な音が、鮎にも聴こえたらしい。
「うぐぅ! ゆゆゆ祐一くん、なななななな何するのっ」
「うるさいな。何も、お前がされたわけじゃないだろ。黙って逃げてろよ。まだ追われてるんじゃないの?」
「あ。そうだったね」
中身が半分ほどに減った鯛焼きの包みを抱えなおすと、鮎は、後も見ずに再び逃走を開始した。
左手で髪をつかみ直し、誠の顔面を石畳に摩り付けたまま、俺は商店街を走り出した。
「あうーっ」
誠の顔は、すぐに煙を噴き出した。俺たちが通った跡は、赤黒いバージンロードとなり、若い二人の門出を祝福してくれている。
周りの人たちは皆、何事かと見ているが、誰一人止めには入らない。「これ撮影?」という囁きも聴こえた。なんだよ、見世物じゃねえっちゅうの。
さすがに、姿勢を中腰に保つのはくたびれる。200メートルほど走ったところで、俺は誠の身体を虚空に高々と放り上げた。
「あうーっ」
天高くから落ちてくる誠のか細い声が、喧騒にかき消される。
こんなことをされている誠があんまりに可哀想で、俺は涙をぼろぼろと流した。
誠の首を胴体から斬り離したのは、空中で川角舞の放った剣閃である。
まず着地したのが舞、続いて誠の胴体。そして、最後に落下してきた誠の首は、逃走中の犯人を追って走ってきた鯛焼き屋店主の脳天を直撃、インパクトの瞬間に胴体を離れた店主の首に取って代わって、鯛焼き屋の胴体にくっついてしまった。
俺はただ、「うわあ……」という意味のない声とともに、一部始終を見守ることしかできない。
斬った本人の川角舞とて、事態の異常さに目を奪われているのか、はたまた元々そういう性質なのか、ぼんやりとした視線を送っている。
衝突のショックで一度は足を止めたものの、小娘鮎を追跡捕獲殺傷せしめんことに鯛焼き製造販売以上の快楽を見出したらしき店主は、可愛らしい誠の顔をしながら再び猛然とダッシュを開始する。そしてそのまま、「あうーっ」という叫びを引きながら、なんだか薄気味の悪い姿が、商店街の奥へと消えた。
主を離れた鯛焼き屋の首は、しばらく俺の顔をじいっと見たあと、「ほう」という感心なのか溜息なのかわからぬ声とともに息絶えた。
「あははーっ」
渾身の力をこめて脱力したような笑い声。
「面白いものを見せてもらいましたー」
舞を蹴倒して現れたのは、現市長の愛娘である蔵田小百合さんである。どういうわけか、彼女にだけは「さん」付けしてしまう。
「小百合。痛い」
登場早々の不当な扱いに舞が抗議するが、彼女は目もくれない。
「こんにちは、小百合さん。今日も綺麗だ。とっても可愛い」
「ありがとう祐一さん。小百合は、あんまり頭の良くない、ただの女の子ですからー」
「あはは、御謙遜。『ただの』じゃないでしょう」
「小百合は、あんまり頭の良くない、ただの女の子ですからー」
「とんでもないです。あんまり頭の良くない、大金持ちのお嬢さんじゃないですか」
「いやだ、そんな。やめてください。照れちゃいますよー。小百合は、あんまり頭の良くない、親がお金持ちの女の子ですからー」
顔を真っ赤にしながら、小百合さんは、俺の制服を脱がせると、白魚の指先で、乳首をくりくりし始める。
「んもう祐一さんったらー。いじめちゃいますよー」
「小百合。往来でやめて。恥ずかしい」
こちらも顔を真っ赤に染めた舞が、再び抗議する。
「あははーっ。舞、こういうの苦手ー?」
「おう、舞も来いよ。一緒にいじめてくれないか」
舞はしばらく躊躇を見せたが、
「はちみつくまさん」
結局、首を縦に振り、俺の右乳首を口に含んだ。
「あーっ、ずるーい。小百合もしゃぶるー」
ここが商店街のど真ん中であることも忘れ、俺への愛撫は、延々45分ほども続いた。
「さて。ご褒美に、舞の乳をしゃぶり返してあげよう」
「ぽんぽこたぬきさん」
「あらそう。じゃあ、何がいい?」
「あれがいい」
舞が指差す先には、オレンジ色の看板が煌々と耀いている。